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ROAD TO NIRVANA

愛とポエムとお花のブログ。ときどき書評。たまに映画レビューとか。

Must be syndrome

我が家の主力暖房設備はコタツである。

コタツは素晴らしい。

寝床にもなるし、食卓にもなる。哲学的思索にも最適だ。

しかし、ずっと「コタツ」という文字を眺めていると、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。

そんな我が家のコタツの赤外線ヒーターのネジが外れてどこかに行ってしまい、天板にぶら下がっている状態が1ヶ月近く続いていた。

すぐに直せばいい話だが、「そのうちやるか…」と放置していた。

コタツにもぐるたびにぶら下がったヒーターが膝に当たるので邪魔と言えば邪魔だったが、そういうものだと思えば気にならなくなった。

子供たちもそれで不平を言うこともなく、ぶら下がったヒーターのコタツに潜り込んでいた。

慣れというものは恐ろしいものだ。確か、「人間は何にでも慣れる」というようなことを書いていたのはカミュだったか。

まあ要するにズボラなだけだ。

そんなズボラなおれだが、今朝ふと思いつき、適当なネジを見つくろってぶら下がっていたヒーターを止め直した。

使命感とか義務感ではなく、思いつきである。気が向いたからやったという感じである。そこに穴があったからネジを差したという感じである。

ヒーターがブラブラしてるけど、それでコタツ本来の機能が損なわれるわけでもないし、温まるから別にいいんだけど、固定されてるのも悪くないよね、という感じである。

重要なのは、「本来性」である。おれは「本来性」にしか興味がないのかもしれない。

そんなおれから眺めれば、世の中は「本来性」から離れたところで、「こうすべきである。こうあるべきである」と延々やっていることが多いように見える。

「こうすべき、こうあるべき」というようないわゆる「べき論」は本来性ではない。

どちらかと言えば、妄想の一種である。

なので、「本来こうすべき」というような物言いには気をつけた方がいい。そこにはそうした発言をする人間の思惑・正当化が働いている。

「本来こうすべきなのにあなたはしていない。あなたは間違っている。私が正しい」

こういう人は少なくないが、大抵「どうかしている」。

おれは20年前からこのような人々のことを「マストビー症候群」と密かに呼んでいる。

そしてその数は増加傾向にあるように思える。由々しき事態である。

今日も世界がベキベキと音を立てている。

ちなみにコタツの赤外線ヒーターは天板にしっかり固定されているべきです。