Without stopping
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映画『シェリタリング・スカイ』で知られるポール・ボウルズ - Wikipediaの作品のひとつに『止まることなく』という自伝がある。
一部では、自伝と銘打ちながらボウルズ自身のことよりもむしろボウルズが見たことがただ淡々と記述されているだけだ、全然、自身を語っていない、タイトルも『止まることなく』ではなく『語ることなく』が相応しいなどと揶揄されたようだが、それでも不思議な魅力を持った作品であることは確かだ。
何よりも冒頭のボウルズ幼年期の神秘体験の描写で引き込まれる。
詳細は忘れてしまったが、柱時計の音を聴いた瞬間に、ある種の覚醒を体験してしまったようなことが書かれてあった。その時、ボウルズ少年はこの世の外に弾き出された、のだと思う。
以来、ボウルズはおそらく、この世とあの世を行ったり来たりの人生を送ることになった。
そうした体験を経た者のまなざしはあらゆる事物をフラットに見てしまう。すべてが等価なモノとなる。
こうしたまなざしの叙述は確かに「即物的」ではある。読み進むにつれ、自分のまなざしまでボウルズの「即物感」とでもいうような感覚に侵食されていくような気がしたことを覚えている。
かつて世の中を震撼させた酒鬼薔薇事件で「透明な存在」という言葉が話題になったが、ボウルズはまさに自身を透明な存在であると認識していたのではないかという気がする。そしてそれを決して苦にするわけでもなく、そういうものなのだと受け止めていたのではないか。
以上の文章は、実は前書きのようなものだ。
本題は、今朝見た夢とその夢から受けた印象についてだ。
古本屋の店先で、埃をかぶって色褪せた『止まることなく』を見つけて、躊躇なく買い求めた、という夢を見た。
その後の展開はまるで覚えていないが、『止まることなく』を買ったことだけは目覚めた後も鮮明に残っていた。
コーヒーを淹れ、タバコを吹かしながらぼんやりとその夢を反芻していると、ふと「止まることなく」生きていたら、外界のこと、つまりいわゆる人生は夢のようなものなのかもしれない。それはちょうど電車の中から通り過ぎていく風景を眺めているのに似ているはずだというようなことが頭に浮かんだ。
そうであるとするなら、ボウルズの自伝のタイトルが『止まることなく』というのは実に誠実なネーミングだと思う。
結局、何が言いたいのかいうと、実に個人的なことだが、止まることなく生きるのだ、というようなことを何かに言われたような気がした、ということだ。
つまり、夢のお告げというやつだ。
止まることなく、生きていきたい。
止まることなく―ポール・ボウルズ自伝 (ポール・ボウルズ作品集)
- 作者: ポールボウルズ,四方田犬彦,越川芳明,Paul Bowles,山西治男
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1995/01
- メディア: 単行本
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