村上春樹 『1Q84』考/②21世紀の『豊穣の海』
前回は、『1Q84』を読んでいるときに脳内再生されたJ-POPについて触れた。
長い物語を読んでいると色々なことを思い出す。
第一巻は貴族の世界を舞台にした恋愛、第二巻は右翼的青年の行動、第三巻は認識なるものを突き詰めようとする初老の男とタイ生まれの官能的美女との係わり、第四巻は認識に憑かれた少年と老人のせめぎ合いが扱われている。構成は、夢と生まれ変わりによって筋が運ばれ、20歳で死ぬ若者が、次の巻の主人公に輪廻転生してゆくという流れになっており、仏教の唯識思想、神道の一霊四魂説、能の「シテ」「ワキ」、春夏秋冬、など様々な東洋の伝統を踏まえて描かれている。『浜松中納言物語』を典拠とし、「夢と転生の物語」のイメージが作られた。
Wikipediaより引用
▲と、いうようにこれもまた長い物語だ。
ずいぶん前に読んだので、ほとんど忘れたが、『1Q84』を読んでいると、おれの記憶の海底から不意に浮かび上がってきた。
もちろん両者を対比させて、その類似点をあれこれ論評するような気力は持ち合わせていない。
ただ、何となく似てるなという「気がする」だけだ。
似ているものは必ず共通点がある。
貝と性器は似ている。脳味噌と胡桃は似ている。『1Q84』と『豊穣の海』は似ている。
だから、おれは思う。
両者を繋ぐ橋を架けることができればいいのだろうが、ズボラなおれの中ではすでにそうなっているし、その距離はあまり感じない。ちょっと跳躍すればいいだけだ。「彼岸から始めるのです」とクリシュナムルティも言っていたから、それでいいと思っているが、いつもの早合点かもしれない。
跳躍と言えば、これまたかなり前、10年以上前に途中まで読んで放置したままの『千のプラトー』に、跳躍というか飛躍を戒めるようなことが書いてあったような気がする。
だが、著者の一人であるドゥルーズがその晩年にパリのアパルトマンから投身自殺をしたということを知り、複雑な気持ちになったのを覚えている。
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まあそれはそれとして、どちらも「時空」を超えた物語であるし、今で言う「スピリチュアル」なテーマを扱っている風である。
『豊穣の海』は輪廻転生そのものの話だし、『1Q84』もそうしたことが仄めかされている。たぶん。
1Q84年の世界ではホテルの一室で絞殺された婦警は、猫の町では介護施設の看護師として存在している。
作品だけではない。その動機こそ異なるのかもしれないが、作家自身の「肉体」を鍛える姿勢もどこか似ている。
ただひとつ違うのは、結末である。
『豊穣の海』で主人公はまったき虚無に直面して終わるが、『1Q84』では生きる決意を表明するというようなエンディングを迎える。
三島由紀夫は『豊穣の海』を書き上げた後、占拠した市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決し、村上春樹は今も日本語で創作し続けている。
それぞれの作者の意図を越えた物語の魂があるとするなら、『豊穣の海』の魂は、数十年を経て『1Q84』へと転生したのかもしれないと思う。
言うなれば、『1Q84』の前世は『豊穣の海』である。あるいは、マザとドゥタである。
日本という物語の魂で二つの物語は繋がっている。
そうした魂に触れることができるからこそ、両者の作品は欧米の読者に受け入れられるのだろうと、おれは勝手にそう踏んでいる。
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