サヨナラ・ザックリ人生/ケント歯ブラシレビュー
免疫力向上の一環として前々回の記事で触れたケントの歯ブラシを買った。
- 出版社/メーカー: 池本刷子工業
- 発売日: 2005/06/20
- メディア: ヘルスケア&ケア用品
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色々なブログでこのケントの歯ブラシについて書かれているのを半信半疑で読んだが、実際使ってみると確かに悪くなかった。よかった。ちょっとした驚きすら覚えた。歯磨き後の歯の舌触りがナイロンの歯ブラシで磨いた後のそれと違うのがよくわかった。ツルツルである。今まで使っていた歯ブラシは何だったのかという気すらする。もしかすると、おれは歯ブラシではなく「歯ブラシみたいなもの」を使っていたのか、あるいはヘアブラシを使っていたのかという疑念さえ湧き上がる。大袈裟に言えばそんな感じである。かなり大袈裟に言えば。
実際は大したことではないかもしれない。たかが歯ブラシだ。当然だ。しかしその程度のことがこれほど衝撃を与えるということ自体が衝撃的である。
たかが歯ブラシ1本変えるだけで、自分の感覚の粗雑さが露呈する。
そして、歯磨きに限らず日常のあらゆる場面でかなり粗い感覚で生きているのだろうとあらためて思う。
歯磨きしたつもり。身体を洗ったつもり。食べたつもり。歩いたつもり。仕事をしたつもり。怒ったつもり。笑ったつもり。愛したつもり。
そんな「つもり」のあれこれがつもりつもった「バーチャルな今」がある。たかをくくった現在がある。
今では日常的に使われる「ザックリ」という言葉は、小さきものを見よという量子からのメッセージに抗う粗雑なエゴの流行り言葉に過ぎない。ザックリ言うと愚者である。
自己の持つ微細な感覚を蔑ろにして、ザックリばかり生きていては、ザックリした人生しか送れない。
ザックリした人生をおくっていると、悩みさえザックリしたものとなる。いや、ザックリしているから悩むのだ。
悩みがある人、苦悩している人はもしかすると、微細な感覚を見逃しているのかもしれない。
たかが歯ブラシ1本変えるだけでもしかするとあなたの絶望に光が射し込むことがあるかもしれない。ないかもしれないが、歯はツルツルになるだろう。