What is tradition?
日本の仏僧と不可賤民の親子【インドジャーナル(4)仏陀の足跡〜12億のIT先進国を訪ねて】 | NO BORDER - ノーボーダー | 境界なき記者団
インドで、3000年もの昔から連綿と続くのが差別制度である。悪名高きカースト制度は、世界からみれば悪習だが、当のインドからすれば、国家の成り立ちとほぼ同時にはじまった「常識」にすぎない。
この記事を目にしたとき、中上健次のエッセイを思い出した。タイトルは忘れたが、中上健次がインドを旅したときのことを書いたものだったと思う。インドに抗い難い魅力を感じながらも、カースト制度について「違う」と書いた作家の哀しみが重い鉛の塊のように胸の底に投げ込まれた。
それを思い出した。
甦った記憶が驟雨のように降り注ぎ、ネットやテレビを通して見る世界の風景を濡らす。構図が反り返る。
伝統がどうしたと思う。何千年も「進歩」しないのかと思う。「アメリカ」はそれを舐めているのだろうという妄想が拡がる。
「ナゼデスカ?ナゼ、アナタタチハソンナシステムナノデスカ?ホワイ?ワタシタチハ、クレイジーダトオモイマス!アナタタチハ、ネテイルノデスカ?」
インドはもとより、日本を含めたアジア、そしてイスラム諸国には「歴史」はあっても「歴史観」というものがないのかもしれない。
伝統の外に出なければ見えないものがある。
物語の外に出ること。それを「伝統」にしてしまったのが「アメリカ」の強味であり、凄味なのだろう。
「常軌」とは何か。