狼になりたい人たち
1979年にリリースされた中島みゆきのアルバム『親愛なる者へ』の収録曲に『狼になりたい』という歌がある。
今から35年以上前の曲だ。
歌詞を見ればわかるように出口のない閉塞感に包まれた当時の若者の心情がATG映画的なイメージで歌われている。
日本アート・シアター・ギルド(にほんアート・シアター・ギルド)は、1961年から1980年代にかけて活動した日本の映画会社。ATG(エーティージー)の略称で示されることも多い。
他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給し、日本の映画史に多大な影響を与えた。また、後期には若手監督を積極的に採用し、後の日本映画界を担う人物を育成した。/Wikipediaより引用
もちろんATG映画的というのはおれの個人的な感想だが、そう的外れでもないのではないかと思う…というほどATG映画を観てきたわけではないが、そんな気がする。
夜明け間際の吉野屋では 化粧のはげかけたシティ・ガールと ベィビィ・フェイスの狼たち 肘をついて眠る/『狼になりたい』
薄っすらと青みを帯び始めた70年代の終わりの新宿の粒子の粗い朝の光景が浮かぶ。ATG的な朝。
思えば、70年代の都会の若者たちの心象風景は馬鹿騒ぎした後、徹夜明けの夜明けのそれなのかもしれない。
76年の村上龍のデビュー作である『限りなく透明に近いブルー』の「青」もそんな夜明けの色のことらしい。
自分たちの軌道が見えない当時の若者たちの多くはその焦燥感や不安、怒り、悲しみに衝き動かされるように、あるいは逃れるように無軌道な夜を過ごしたのかもしれない。
やがてそんな夜も終わる。酒やドラッグで濁った目に光が一瞬射し込む。疲れ果てた身体がドーン・パープルに包まれる。
夜明けという恩寵。
日はまた昇る。朝の来ない夜はない。恩寵に包まれていない人生はない。ただ、人はそれを忘れがちだ。「当たり前」過ぎて見向きもしない。毎朝、「私」が生まれ変わっているということを忘れがちだ。
『限りなく透明に近いブルー』はそんな「事実」をテーマにしている。
一方、『狼になりたい』の中島みゆきは、その「事実」にまだ目を向けていない若者たちを恩寵的な眼差しで見つめている。だが彼らはまだ自分が見つめられていることに気づいていない。気づかないまま、やるせない不満や悲嘆のバイブスを発している。
買ったばかりのアロハは どしゃ降り雨で よれよれ まぁ いいさ この女の化粧も同じようなもんだ/同
「冴えない」おじさんの姿に自らの未来を幻視する。幻視して絶望する。
向かいの席のおやじ見苦しいね ひとりぼっちで見苦しいね/同
狼になりたい、と思う。
群れなして吼えたてる犬ではなく、ひとりでも見苦しくない狼になりたい、と思う。
首輪を必要としない狼になりたい、と思いながらも他人を妬み羨む自分には目を向けない。
人形みたいでもいいよな 笑えるやつはいいよな みんな、いいことしてやがんのにな いいことしてやがんのにな/同
そんな人たちが今、増えている、ような気がする。35年以上も前に中島みゆきが歌ったような人たちが増えているような気がする。
自意識や算盤にしがみついていることから目を逸らし、恩寵など当てにならない、立ち上がるのだと、野生とは何かも知らず粋がる人たちが増えている、と思う。
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