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ROAD TO NIRVANA

愛とポエムとお花のブログ。ときどき書評。たまに映画レビューとか。

三崎クロニクル

先月の21日にカミさんが退院した。持病である先天性変形股関節症による痛みが年々酷くなり、歩行困難になったため、とうとう人工股関節置換手術を受けた。

手術は無事成功し、経過も順調で、術後僅か2週間後には退院となった。

もちろん、だからと言ってすぐに普通に歩けるわけではなく、しばらくは杖を使うことになる。

そういう事情なので、迎えはレンタカーを借りることにした。予約したのは別の車種だったが、レンタカー屋の都合と言うか、前の客が事故ったらしく、その車はレンタル不能となったので、ワンランク上のプリウスをあてがわれることになった。結果として、ワンランク下の料金でワンランク上のプリウスを借りることができた。これはどんな意味があるのだろうかと考えてみたが、よくわからなかった。考えてみれば、万物流転かつ諸行無常の世の中で一つの意味に固定されるものなど、あるはずもない。あるとすればそれは虚構か方便か妄想であろう。したがって、おれはこれも何かの縁なのだろうと思うことにした。

そんな何かの縁があるプリウスに乗って、おれたち家族はカミさんを病院に迎えに行き、家とは正反対の方向に車を走らせた。

三浦海岸駅の河津桜を観て、三崎のマグロを食べるためだ。

退院したその日にドライブというのも、今考えれば、「それってどうなの?」という感じがしないでもないが、なぜかそのときは何の疑問もなかった。それどころか、せっかく久しぶりに家族が揃ったし、クルマもあるのだから、どこかに出かけない手はないと思い、実際そうした。

個人的には、悪くない選択だと思っている。流れる景色は人を癒すのだ。

朝の10時に退院して、昼過ぎには三浦海岸に到着したが、折しも河津桜まつりの真っ最中だったので、駅の周囲はかなり混雑していた。臨時の駐車場もいくつかあるにはあったが、いきなりそんな中、カミさんを歩かせるわけにはいかない。

とりあえず河津桜は夕方、帰りに車の中から眺めることにして、もうひとつの目的地である三崎を目指すことにした。

海岸沿いを走っていると、何メートルか毎に無料駐車場がある。夏には有料になるのだろうか。そのうちのひとつが空いていたので、休憩をかねて車を停めた。子どもらと砂浜を歩いた。カミさんは遊歩道まで出て、そこでおれたちを待っていた。

そんなに長い時間ではなかったが、都会育ちの子どもらは久しぶりに間近で見る海に気分が高揚したようだった。風はまだひんやりとしていたが、それでも、夏みかんが打ち上げられていると笑い、ゴム長が転がっていると笑い、誰かの忘れ物のゴーグルを見つけては笑っていた。

ひとしきり浜辺を走り回り、車に乗り込もうとしたとき、財布が落ちているのに気づいた。中身を見ると、現金に加え、免許証やキャッシュカード、クレジットカードといった各種IDカードが入っていた。

ネコババしちゃダメだよ」と娘が見透かしたようにピシャリと言う。

おれは肩をすくめ、「わかってるよ」と答える。というのは嘘で、本当は肩をすくめていないし、生まれてこのかたそんなポーズをしたことがない。そんなポーズは映画でしか見たことがない。まあでも気持ち的にはそんな感じだった。

Googleで検索すると、少し先に駐在所があることがわかった。おれたちはそこに向かうことにした。

程なくしておれたちは駐在所に着いた。路肩に車を寄せ、おれと息子は交番に入る。誰もいなかった。机の上に、「本署に行っています。御用のある人は電話してください」みたいなことが書かれたカードが置いてあったので、その通りにした。

そうすると、戻るまで15分くらいかかるのでお待ちくださいという。その通りにした。自分一人なら、拾った財布を机の上に置いて、さっさと立ち去ったかもしれないが、息子の経験のひとつとして、「駐在さんを待った」というのも悪くないと思い、待つことにした。

その間、おれたちは指名手配犯のポスターを眺めたり、外に出て通り過ぎる車を見たりして過ごした。カミさんと娘は車に乗ったままだった。春の光が砕けて海の上で跳ねていた。

15分後、駐在さんはスクーターに乗って帰ってきた。定年間近なのだろうか、人の良さそうな感じの人だった。そして、おれたち3人は財布の中身をひとつひとつ検分し、それを駐在さんがひとつひとつ細かく用紙に記入していく。どこで拾ったかを説明するために、Googleストリートビューを見せたりするが、詳しい住所は出てこなかった。駐在さんはそれを参考にしつつ、地図を取り出し、住所を割り出す。息子はじっと、おれと駐在さんのやりとりを見ている。

すべての手続きが終わった後、駐在さんが初めて息子に声をかける。

「ボク、今日はよかったねぇ」

息子は黙って、こっくりとうなづく。

おれは、一瞬、駐在さんの言葉が何を意味しているのか考える。財布を拾ったことがよかったことなのか、いいことをしたねということなのか、こうしてドライブに出かけたことがよかったのか、それともカミさんが退院したことなのか、それともこれから三崎のマグロを食べに行くことなのか。

その全部だ。全部よかったのだと、海が笑う。

無数に砕けた光も実はたったひとつだと思い出させてくれた出来事だった。