ROAD TO NIRVANA

愛とポエムとお花のブログ。ときどき書評。たまに映画レビューとか。

ありきたりの夢/『紙の月』を観た

紙の月

紙の月

ゴールデンウィークも明日で終わる。当初の予定では、9連休のはずだったが、急な仕事が入り結局は5/5〜7の3日間しか休みが取れなかった。

今年のゴールデンウィークは特にどこに行くという予定も入れてないので、家で映画でも観ようかと思い、Amazonのプライムビデオで宮沢りえ主演の『紙の月』を観た。

映画解説・あらすじ 銀行勤めの平凡な主婦が引き起こした大金横領事件のてん末を描いた、『八日目の蝉』の原作などで知られる直木賞作家・角田光代の長編小説を映画化。まっとうな人生を歩んでいた主婦が若い男性との出会いをきっかけに運命を狂わせ、矛盾と葛藤を抱えながら犯罪に手を染めていく。監督は、『桐島、部活やめるってよ』などの吉田大八。年下の恋人との快楽におぼれ転落していくヒロインの心の闇を、宮沢りえが体現する。 バブルがはじけて間もない1994年、銀行の契約社員として働く平凡な主婦・梅澤梨花宮沢りえ)は綿密な仕事への取り組みや周囲への気配りが好意的に評価され、上司や顧客から信頼されるようになる。一方、自分に関心のない夫との関係にむなしさを抱く中、年下の大学生・光太と出会い不倫関係に陥っていく。彼と逢瀬を重ねていくうちに金銭感覚がまひしてしまった梨花は、顧客の預金を使い始めてしまい……。紙の月/Yahoo!映画

引用したあらすじを読めば分かるように、ありきたりの転落物語である。

女が自分より若い男に入れあげて、人様から預かった金を使い込むという事件は、つい最近もあったようだが、この手の犯罪は女性が犯す犯罪の中でもよくあるパターンのひとつなのかもしれない。

なぜそうした罪を犯すのかというのは人それぞれ理由があるのだろうが、それを後で分析したところで今後起こりうる類似犯罪の防止にはあまり役に立たないような気がする。多少は役に立つこともあるのかもしれないが。

いずれにせよ、宮沢りえ扮するヒロインは、どうしようもなく取り憑かれたように横領に手を染めていく。

そして、どうしようもなく若い恋人との逢瀬のために金をつぎ込んでいく。

ヒロインの激情は奔流のように溢れ出す。

その様は、はたから見ていて痛々しい。痛々しいがなぜか彼女を責めたり、批判したりする気が起こらない。

それは、世間では暴走に過ぎない彼女の行為の奥にある心を誰しもが持っているからだ。

それは、自由を希求する心だ。 それは、生を十全に生きようとするパワーだ。

われわれはそのパワーゆえに生き、そしてそのパワーに手を焼きながら日々を過ごしている。

常識やモラルはそんなパワーを少しでも飼いならすために作られたある種のリミッターだ。

われわれは本当はもっとスピードが出せるのに制限速度で走る原付バイクのように生きている。

物語の中で、大島優子扮する銀行の同僚が自身の不倫をヒロインに世間話でもするように笑顔で打ち明けるシーンがある。同僚は、そんなことは別に驚くべきことではないし、むしろどこにでもあるありがちなことなのだと笑う。その後のヒロインの行動を予測したかのように笑う。ヒロインのリミッターを外すように笑う。

出来心から顧客の金に手をつけてしまったヒロインの手口は次第にエスカレートしていく。その速度が上がってくる。

高級ホテルのスイートルーム、ブランド品の洋服、外車と横領した金を湯水のごとく、この手の事件にはよくありがちなやり方で消費していく。

ありきたりな世の中で時折起こるありきたりな暴走だが、しかし、与える者は幸いである。

学生の頃、シスターに教えられたその言葉を実証するかのように、親の金をくすねて、戦争で貧困の淵に喘いでいる異国のアジアの男の子に施しをしたときのように、ヒロインは若い恋人に与え続ける。

その間、ヒロインは確かに幸せを感じていたのかもしれない。だがそれも自分が与えることができる束の間のことだった。

いくらリミッターを外したバイクでもやがてはガソリンが切れて走れなくなる。それと同じように、やがて彼女にも現ナマが尽きる日が訪れる。

そして、彼女はすべてを失う。

ありがちな事件はありきたりな終わりを迎える…はずだった。

しかしそのラストシーンでわれわれはある種の「救い」のような光景を目にすることになる。

彼女はその一瞬で自分の行為の愚かしさとその愚かしさの中にあった真の意味を悟る。

与える者は幸いである。

神は在り、そして来たり。

紙の月 (ハルキ文庫)

紙の月 (ハルキ文庫)