ホット・ウォーター・ミュージック
冬の寒い朝に顔を洗うとき、あるいは夜に熱い風呂に浸かるとき、おれはチャールズ・ブコウスキーの『ホット・ウォーター・ミュージック』を思い出す。
思い出すと言いながらその実、内容はまるっきり覚えていない。
若い頃は、蛇口を捻ればすぐにホット・ウォーターが出てくるような生活ではなかった。
冬はまずヤカンでお湯を沸かし、それからおもむろに髭を剃るなり、顔を洗うなりしていた。
当然、風呂などなかった。一体何年銭湯に通ったことだろう。
そういうわけで、自宅で熱いシャワーを浴びたり、熱い湯船に身体を沈めることができることが今でも時折、奇蹟のことのように思える。
そして、あの無頼派のブコウスキーももしかしたら、同じようなことを感じていたからこそ、『ホット・ウォーター・ミュージック』などというタイトルをつけたのではないのかと夢想したものだ。
しかしながら、今、検索してみたらこんなのがあった。▼
hot water 名 〔シャワーなどの〕湯、温水◆略HW 〈話〉困った状況、窮地、窮境、苦境、困難
なるほどね。さしずめ、窮地の歌ってことだったのか。
まあそう言われてみれば、そっちの方がブコウスキーらしいのかもしれない。
だからと言って、おれは白けることはない。
これからも温かい湯を使うときは、ブコウスキーのことを思い出すだろう。
前よりも頻繁に。
そして心の中で、強引に屁理屈をこねて、窮地ってのは、ある意味奇蹟みたいなもんなんだ。と自分自身に言い聞かせるだろう。
あんたが窮地に陥ってるって感じてるうちは、つまり、今起きている奇蹟に気づいてないってことなんだ。
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