ROAD TO NIRVANA

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Get back your soul !/『なぜ年収3000万円の男はセンスにこだわるのか?』レビュー

 
 
なぜ年収3000万円の男はセンスにこだわるのか?

なぜ年収3000万円の男はセンスにこだわるのか?

それにしても、あまりにも唐突な問いである。

「なぜ土星に咲く花は黒いのか?」と問われたと同じくらい唐突な問いである。

そもそもおれは生まれてこのかた年収3000万円の男と何の面識もないナチュラルボーン庶民。

年収3000万円の知人など過去から現在まで見渡す限り皆無。

どこまでもフラットでバリアフリーな庶民の荒野。

もしや、年収3000万円を超えると別の世界、エグゼクティブの世界にアセンションするのかもしれないなどと湧き出でる疑念。

別の世界を知るためには、庶民中の庶民であるおれは庶民的な方法でググるしかない。

そう言えば、ひと頃「ググれカス」という言葉が流行ったような気がするが、今思えば、少しだけネットの使い方に長けた庶民がネットに不慣れな庶民を罵倒するだけで実際のところどちらもただの庶民であることに変わりなく年収3000万円など夢のまた夢、来世で救われることを願い現世を彷徨う人々の間で偶さか交わされた譫言だったのだろう。

それはともかく、おれは現在の自分が生きている世界はどのような様相を呈しているのか知るべく、ググってみた。

すると、衝撃的な事実が浮上したのだった。

 

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 ☝️ 年収階層分布図2014-年収ラボ より引用

 年収2500万円の階層に位置する人はほんの数パーセントしかいない。

やはり彼らは、年収3000万円超の男たちは別次元へとアセンションしたのか。

いや、アセンションしたに違いない。たとえアセンションしてないにしても庶民にとっては「あの世」の話も同然だ。

そうなると、この本の存在する意味はどうなるのか。年収3000万円の男などテレビというものでしか見たことのない庶民が大多数を占めるこの世界でこの本は一体どのような位置づけが為されるべきなのか。

2日後、その答えは唐突に訪れた。

午前中で一仕事を終え、レモンティーを飲み、コタツに肩まで潜り込み窓ガラス越しに流れる雲をぼんやりと目で追っていると、不意に「それは臨死体験である」という言葉というかメッセージが降りてきた。

「そうか。そうだったのか」とすぐに納得したおれはあらためて読み終えた『なぜ年収3000万円の男たちはセンスにこだわるのか?』をパラパラとめくりつつ考察を巡らせた。

考察とは補助線である。補助線を引くことで一見何の意味もない図形に隠された角度や面積が導かれるように、考察という補助線を引くことによって庶民には縁も所縁もないエグゼクティブ世界の秘密が浮上する。考察そのものに意味があるのではない。にもかかわらず、考察そのものをありがたがる人々の何と多いことだろう。ちなみにこの「考察補助線論」は子どもの数学の問題を参考書片手に数十年ぶりに解いているときに思いついた。自分が中学生当時はまったく興味のない科目だったが、大人になってあらためてやってみると、数学もなかなか面白いものだ。来世は数学者になろうと思う。

そんな来世数学者のおれが引いた補助線によって得た結論であるが、この『なぜ年収3000万円の男はセンスにこだわるのか?』は、エグゼクティブ世界というあの世を体験した著者による「二流の男たち」で構成されるその他大勢、つまり現世の民に向けられたある種の臨死体験報告である。

臨死体験した者たちが口を揃えて語ることのひとつに、「現世とは幻想である」というのがあるが、本書もエグゼクティブではない世界に住むわれわれ一般庶民の幻想をことごとく切り裂いていく。利己的な下心を持って本書を開く者たちの改心を要求する。ローストビーフに群がる衆生の卑しさを戒める。意味もなく笑うことには何の意味もないことを諭す。いまだに滅私奉公システムに覆われた低インセンティブ社会の虚妄を暴く。

そんなシステムに適応することこそ一大事と信じてきたこの国の大多数の男たちに欠けているものとは何か?

言うまでもなく、「センス」である。

システムに適応することができれば、センスを磨く必要などなかった。しかし、今やわれわれが適応しようと躍起になっていた現世のシステムは風前の灯火である。

それゆえに著者は説くのだ。

センスを磨け、センスにこだわるのだ、と。

これは単なるビジネス書ではない。転生の指南書である。

ここに記されている46項目の修行を実践することで、今までのあなたは死に、そして生まれ変わるだろう。「センス」とは何かを知るだろう。

「センス」とは何か。

言うまでもない。

「センス」とは「自己」である。

「センス」とは「魂」である。

『なぜ年収3000万円の男はセンスにこだわるのか?』は、ビジネス書の体裁を借りた自己回復、あるいは自己救済の書であった。

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