『ママ、もっと自信をもって』レビュー
おれはママではない。なぜならパパだからだ。いや、パパでもない。なぜなら我が家では「父さん」と呼ばれているし、この前、娘に「今度からパパと呼びなさい」と言ってみたら、「いや、父さんはパパって言うより父さんだよね」と即座に却下されたからだ。パパでも父さんでも、子供あっての呼称である。決定権はおれにはない。だからおれはたぶんパパではないし、確実にママではない。
そんなおれが、こんなタイトルの本を読むことになろうとは人生とは不思議なものだ。しかしこれも何かの縁、あるいは前世のカルマであろう。おそらくおれの前世はママだったのかもしれない。根拠は特にないが。
そういうわけで、ママでもパパでもないおれは半ばふわふわした気分でこの本を読むことにした。
内容は、『ぐりとぐら』で知られる童話作家の中川李枝子氏の半生と育児観が収められている。
『ぐりとぐら』と言われてもピンとこない人の方が多いだろうが、まあ「ぐり」と「ぐら」という二匹のネズミの話だ。我が家には、たまたま娘が幼児のころに義母に買ってもらった本があったので、何となく覚えていた。と言っても、内容はまるで覚えていない。
中川李枝子氏に関する知識はその程度だったので、要するに何も知らない状態で一読したのだが、これが意外に面白かった。どんな本でも読んでみるものである。
第二次大戦中の軍国少女だった頃の話や戦後間もない保育士時代の話、それぞれ興味深いエピソードが語られていて、当時の空気感のようなものが感じられて、実に興味深いものがあった。
やはり、それなりの経験を積んだ年配の人の話を聞くことは有益である。もちろん、無益な話をする年寄りの方が多いが。無益な話しかしない年寄りの中身は、おそらく「大人」のまなざしがないのだ。子供時代のどこかで成長を止めているのだろう。
まあそんな人たちのことは、とりあえず忘れることにして、話を本書に戻すことにする。
読み終えた本を手に取り、もう一度ページをめくる。
童話作家中川李枝子氏の人生に大きな影響を与えた本が、『寡婦マルタ』という、今で言うシングルマザーの苦境を描いたものだと知り、この人は「慈しむ」心の持ち主だと感じた。『寡婦マルタ』という本など知りもしなかったのに、そう思う。
そして、読書とは単なる娯楽だけではなく、その人の個性を開花させるスイッチのようなものが秘められているのだとあらためて思った。
そう思いつつ、まったく本を読まない息子のスイッチはどこにあるのだろうかと一瞬、複雑な気分になるが、まあそのうち自分で見つけるのだろうと、早々と安心することにする。
本書は、一応タイトル通り、子育てに悩むママたちに向けて出版されたようだが、単なる育児のマニュアル本ではない。そして実は「ママ」だけに語られているのでもない。
読者は、読んでいるうちに、ママという役割・立場より、「一人の自立した女性になるのよ」と笑顔で教えられていることに気づくだろう。
「あなたが自立して楽しく生きること。それが子供たちにとって一番嬉しいことなの。あなたがあなたらしく在れば、子供たちもちゃんと自分らしくなるの」
そんな声が聞こえてくるだろう。
本書は、ママではないおれにも、「一人の自立した人間になるのよ」と囁いている。
その声はきっとあなたにも聞こえるはずだ。
最後に印象に残ったエピソードをいくつか紹介したいと思う。一つ目は、中川李枝子氏の上司であった石井桃子氏の言葉だ。
「いくら作家や作品に詳しくても、楽しんでいなくては無能である」p.79
この言葉は、おれにヘンリー・ミラーを思い出させた。
そして、おれは知らなかったが、中川氏はあの「となりのトトロ」の劇中歌である「さんぽ」の作詞者であった。
更に遠い昔、小学一年の国語の教科書で習った「くじらぐも」の作者でもあった。
👉 寡婦マルタ (1951年)…現在、入手困難らしい。
本書はレビュープラスさんより献本いただきました。
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